road_ar(ロードアラ)メッセージ
《御国の原則》 category
前へ
後へ
「神は日本を訪れてくださる」 (101031) 荒井好光
マタイによる福音書5:43~48
ウクライナでは2004年11月にオレンジ革命があり、腐敗した独裁体制から民主主義政府が成立しました。これに先立つ8ヶ月前、つまり2004年3月にエンバシー・オブ・ゴット教会の牧師サンデー・アデラジャ師に預言の言葉が与えられました。それは神様はウクライナを訪れると言うものでした。私はウクライナを訪れた神様は日本をも訪れてくださると確信しています。
今まさに神様は日本を訪れようとしておられます。それはイエス様が公生涯に入られる時を思い起こします。
つまりマタイ4:17 「そのときから、イエスは、『悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。』」
このイエス様の宣言によって、イスラエルは新しい時代を迎えました。またそれはイスラエルに留まらず世界が新たにされる時でした。
国が再建される時、その役割を担う人はどのような人々でしょうか。神様が用いられる人、それは神の原則に従って生きる人々です。神様にとって、神の原則に従って生きる人々だけが当てにできる人たちです。彼らが人々を神の基準によって生きることができるよう手助けをすれば、社会は変わり、そしてどんな人の人生にも変革が起こります。それは霊的変革であり、それは国全体をも変革していきます。
霊的変革とはどのようなものでしょうか。それはイエス・キリストを迎え入れる事によって起こるものです。それによって内なる状態が変化し、またその価値観が変化するために、その行動が変わり、生活も変わってきます。イエス・キリストを迎え入れることによって人は人を恐れるのではなく、神を恐れる者と変えられて行きます。神を第一とする時に私たちはすべての誘惑と罪に打ち勝つ者と変えられます。その時に人々は神の基準によって生きることができるように強められていきます。
私たちが「神の御国の原則によって生きるとき」に神様は「日本を訪れて」くださいます。つまり、人々の心のドアをノックされます。彼の預言の言葉にこうあります。「神の言葉が国中に広まるであろう。若者、高齢者、強い者、弱い者、富んだ者、貧しい者ーー主は、これらすべての人を訪れて彼らの心のドアをノックされる。いまだかつてなかったほどに、彼らの心のドアをノックされる。人々はかつてなかったほどに神を求めはじめ、罪を憎み、真理を求め、真理のために堅く立つようになる」。
今私たちは神様が「日本を訪れて」くださるように、まず自分自身が御国の掟に従って歩まなくてはなりません。そして、クリスチャンである私たちが更にこの社会において活動的になることが求められています。
今日は神の御国の原則について確認しておきたいと思います。主(おも)に山上の説教の中に記されています。第一は、5:27に「姦淫してはならない」とあります。これは十戒の言葉ですが、これは「天地が消えうせるまで」(5:17)廃止されない。と言っています。神の聖さと真実、正義、これが神の御国の原則です。
第二には、5:21に「腹を立ててはならない」とあります。5:22には「兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる」とあります。人に向かってバカという者はその人のすべてを否定することであって殺人罪に等しいと言っています。5:38節、「復讐してはならない」、5:43、「敵を愛しなさい」と言っています。7:1では「人を裁くな」と言っています。「敵を愛し」なさいと言うことが繰り返し述べられています。それは敵と言われる人も掛け替えのない神の子であるからです。(5:44)
これに関連してヤコブの手紙では悪口を言っては成らないと繰り返し述べられています。3:9「わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。3:10 同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。」。
また、4:11「兄弟たち、悪口を言い合ってはなりません。兄弟の悪口を言ったり、自分の兄弟を裁いたりする者は、律法の悪口を言い、律法を裁くことになります。もし律法を裁くなら、律法の実践者ではなくて、裁き手です。4:12 律法を定め、裁きを行う方は、おひとりだけです。この方が、救うことも滅ぼすこともおできになるのです。隣人を裁くあなたは、いったい何者なのですか。」
神の御国を壊しているものは、悪口です。どんなに聖められた生活をしていても、この悪口一つですべては壊れてしまいます。そしてこれが多くの教会で起こっている現実です。これはサタンの策略にまんまと墜ちていることを現しています。私の場合にも、家内と二人で食事をしている時など、話題が尽きてしまうと、何か話すことはないかと、つい人の噂話をしてしまうことがありました。人の悪口を言わないと決心してからは、その様な時は、何も言わない様にしています。つまり沈黙が長く続くことが多くなりました。
しかし、人の噂話をするよりは、ずっと気持ちの良い思いを保つことができることを体験しています。是非皆さんも悪口を言うよりは、沈黙の方が良いと言うことを心に留め、実践して頂きたいと思います。
マタイ5:43「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。5:44 しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。5:45 あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。5:46 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。5:47 自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。:48だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」
いよいよ私たちは、神様が「日本を訪れてくださる」その準備をして参りましょう。
《今日の聖書》
5:43 「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。5:44 しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。5:45 あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。5:46 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。5:47 自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。5:48 だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」
〈要約〉
神様は2004年11月にウクライナを訪れオレンジ革命が実現いたしました。ウクライナを訪れた神様は日本をも訪れてくださいます。「そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた」(マタイ4:17)。このイエス様の宣言がなされる時が来ています。国が再建される時、その役割を担う人はどのような人々でしょうか。神様が用いられる人、それは神の原則に従って生きる人々です。神様にとって、神の原則に従って生きる人々だけが当てにできる人たちです。彼らが人々を神の基準によって生きることができるよう手助けをすれば、社会は変わり、そしてどんな人の人生にも変革が起こります。それは霊的変革であり、それは国全体をも変革していきます。霊的変革とはどのようなものでしょうか。それはイエス・キリストを迎え入れる事によって起こるものです。それによって内なる状態が変化し、またその価値観が変化するために、その行動が変わり、生活も変わっていきます。人々は人を恐れるのではなく、神を恐れる者と変えられ、すべての誘惑と罪に打ち勝つ者と変えられていきます。神様が「日本を訪れて」くださるとき、人々の心のドアをノックされます。「神の言葉が国中に広まるであろう。若者、高齢者、強い者、弱い者、富んだ者、貧しい者ーー主は、これらすべての人を訪れて彼らの心のドアをノックされる。人々はかつてなかったほどに神を求めはじめ、罪を憎み、真理を求め、真理のために堅く立つようになる」。
神の御国の原則の第一は、マタイ5:27「姦淫してはならない」からです。これは十戒の言葉ですが、これは「天地が消えうせるまで」(5:17)廃止されない、と言っています。神の聖さと真実、正義、これが神の御国の原則です。第二には、5:21に「腹を立ててはならない」とあります。7:1まで「敵を愛しなさい」と言うことが繰り返し述べられています。それは敵と言われる人もかけがえのない神の子であるからです。ヤコブの手紙では悪口を言っては成らないと述べられています。3:9「わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。3:10 同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません」。神の御国を壊しているものは悪口です。この悪口一つですべてはぶち壊しとなってしまいます。そしてこれが多くの教会で起こっています。人が集まって話題が尽きてしまうと、何か話すことはないかと、つい人の噂話をしてしまうことがありす。悪口を言うよりは沈黙の方が遙かに健全です。「だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(5:48)。いよいよ私たちは、神様が「日本を訪れてくださる」その準備をして参りましょう。